日記 2014年1~3月

2014年1月~3月の日記です

 日記は、新しいものから古いものへ、という順番で並んでいます。

消費増税反対 [2014年3月31日(月)]

 僕はツイキャスで、よく政治について語っている。
 本来、ツイキャスで政治の話題は採り上げない方がいい。なぜなら、世の中には様々な主義主張を持った方がおられるから、政治の話題を採り上げることで無駄に「嫌われてしまう」可能性があるからだ。

 しかし、僕はそもそも政治にかかわる問題も採り上げたくて表現活動を始めたから、これは外せない話題だ。

 ただ、少し改善の余地があるかもしれない。
 政治について語り始めると、僕はよくヒートアップして怒っている状態になってしまいがちなのだが、これはあまり好ましくない。怒らずに、もっと穏やかに語った方がいいのではないかと考えたのだ。

 明日からの消費増税に関しても言いたいことがたくさんあり、ついつい怒り口調になりそうだが、ここは抑えて、できるだけに穏やかに主張しておきたい。

「消費税を上げる前に、なぜ限界まで節約(歳出の見直しとカット)をしないのでしょうか? まず、これ以上は不可能というレベルまで節約してください」

「どうしてもお金が足りないのなら、低所得者ほど負担が厳しくなる消費税を上げるのではなく、所得税など、ほかの税金を上げてください」

「消費増税をすれば景気が悪くなって税収そのものが落ちる可能性が高いのに、財政出動で景気悪化をごまかしてまで消費税を上げる理由を明確に示してください」

「消費税が正しく社会保障に使われているのかどうか、今後、継続的に、ホームページで国民に、できるだけわかりやすく、できるだけ細かく使途を開示してください」

 ...ああ空しい。どれも実行されそうにない。

僕の本代が食費より高いワケ [2014年3月30日(日)]

 超ひさしぶり(1年以上ぶり)に名古屋のジュンク堂書店に行った。
 ジュンク堂は図書館のようなつくりの書店で、ジャンル別に、とにかくたくさんの本が並んでいる。
 ネット書店に押されてリアル書店の経営はどこも苦しい中、こうしてがんばっていてくれる大型書店があるのはありがたい。

 今回は1時間半ほど本の海をさまよったが、「アマゾンでは絶対に巡り会えなかっただろう」という何冊かの本に出会うことができた。

 本を買うとき、僕はたびたび「著者買い」をする。
「○○さんが書いた本だから」と、ろくに内容も確かめずに買うのが「著者買い」だ。
 いわば著者に惚れて買うわけだが、実際、面白い本を書いている人の本は、たいていどの本も面白い。
 今日も1冊「著者買い」をして、さっそく帰りの電車で読み始めたのだが、やはり「当たり」だった。こうして面白い本に出会えると1日じゅう嬉しい。

 僕の場合、常に1ヶ月の食費より本代の方が高い。
 もったいない気もするが、食べ物には、ある意味「生命を維持する」働きしかないのに対して、本は確実に生活のクオリティを上げてくれる。
 本を読めば読むほど、毎日の生活が、より楽しく、より深く、より快適になる。
 読書がもたらす生活のクオリティアップは「生き甲斐」に直結する。
 だから食費より本代が高くても「これでいいのだ」と思っている。

 僕は物心ついたときから本が大好きだったが、この歳になっても本に飽きるどころか、ますます読書が楽しくなっている。

マイ・ライブハウスの夢 [2014年3月29日(土)]

 僕は理由もなく、おしゃべりしたり歌うことが好きだから、毎日ツイキャスをやっている。そんな僕がよく考えるのは、
「東京から電車で1時間ぐらいの距離の場所に、自分専用のライブハウスが欲しい」ということ。
 東京に近い場所に毎日「公開ライブ」ができる、ラジオヤジの拠点が欲しいのである。

 できれば僕はその建物に住み、朝起きたら楽器や歌の練習をしたり、音楽を創ったりして過ごし、夜になったら50人ぐらい入れるその大きくはない「マイ・ライブハウス」に、お客さんがちらほら入った状態でライブをやる。入場料は1,000円+消費税。(笑)
 そして、その様子をそのままツイキャスで流す。

 ライブハウスでやるライブだが、2時間で歌は5曲ぐらいしか歌わない。あとはしゃべっているだけ。(笑)
 つまり、今やっているツイキャスのライブをそのまま生で聴いてもらうわけだ。
 しかしライブハウスだから当然、音楽は最高の音質で聴ける。もちろんゲストも呼びたいな。

 ライブが終わって余力がある時は、来てくれた人達と1時間ぐらい話して解散。
 そんなことを毎日やれる場所が欲しい。
 ま、この場合、ライブのスタートは夜8時ぐらいにしないとマズイけどね。(今は毎晩10時からやっている。)

 ◇お願い◇

 どなたか、こんな(上記のような)ことがやれそうな場所をご存知ありませんか?
 ご存知でしたら教えてください。とりあえず見に行きます。
 メール:mh@radioyazi.com まで。

ツイキャスの「人だかり効果」 [2014年3月28日(金)]

 春休みのさなか、ツイキャスに集まる閲覧者数が、かなり多くなっている。
 僕のエブリディ・キャス(毎日夜10時~12時にオンエア中)でも昨日と今日、2日連続で、最大閲覧者数が800人を超えた。
 ふだんは300~500人ぐらいだから、やはり春休みで増えているのだろう。
 春休みに閲覧者数が増えることは、ツイキャスが若い人たちのメディアであることをハッキリ物語っている。

 ツイキャスの利用者の伸びは凄まじく、2014年3月現在約550万人が利用しているという。
 僕は去年の10月22日から本格的にツイキャスを始めたのだが、今日の段階ではサポーターさんが9,075人、通知登録者さんが24,753人と、ものすごい勢いで増えている。
 ほかのメディアでは、このようなスピードでの成長はありえないことだと思う。

 ツイキャスのライブで、僕はときどきサングラスをかけて、ひどい言葉づかいで悪態をつく「演技」をするが、これをやると一気に閲覧者数が増える。日にもよるが数分で100名ぐらいは簡単に増えたりする。これを僕は「人だかり効果」と呼んでいる。

 ツイキャスの世界では同時に数万人の人たちが、いろんなキャス(放送)を見て回っている。リスナーはどんどん動き回っており、1つのキャスにとどまる時間はごく短い。
 しかし、たまたま見始めたキャスで、ガラの悪い人が悪態をついていたりすると、「何だ何だ」と興味をそそるからしばらく離れない。その結果、短時間でリスナーの数が増える。これが「人だかり効果」のメカニズムだ。

 だから多くのキャス主さんたちが、「人だかり効果」を狙って「ケンカ凸(とつ)」などを積極的にやっている。
「ケンカ凸」とは、スカイプなどで通話するキャス主さんとリスナーがケンカする模様をオンエアする企画だが、これをやれば、ケンカ見たさの「人だかり効果」で、ほぼ確実に閲覧者数を上げることができる。

 春休みに閲覧者数が増えることも、「人だかり効果」で閲覧者数が簡単に増えることも、ともに、ツイキャスの利用者の「若さ」を示す事例だが、僕は、できればツイキャスが若い世代を中心に「ヨコに」広がるのではなく、ネットを利用しているいろいろな年齢層に「タテ方向」にも広がって欲しいと思いながら、毎日ライブを続けている。

 ツイキャスでは明らかに「場違い」のじじいのキャスが、なんとか受け入れられていることを、少し不思議に思いつつ。

僕は幸運なクリエイター [2014年3月27日(木)]

 音楽もビジネスも両方とも僕にとっては「創作」で、僕には、あまりそれらを区別する感覚がない。
 あるときは作曲に熱中しているし、あるときはビジネス創り(起業)に熱中している。動画制作に熱中したり、プログラム開発に熱中している時期もある。夢中で本を書いている時期もあるし、木工をやっている時期もある。
 僕はとにかく何かを創り出さずにはいられないのだ。

 ここ2週間ぐらいは新しいビジネスを創っている。
 僕は基本的に1つずつ仕上げて行くタイプだから、ビジネスを創っているときには音楽がお留守になるけれど、ビジネスはビジネスで面白い。
 音楽にせよ、ビジネスにせよ、何かを創り出すときには必ず「産みの苦しみ」が伴うから、単に「面白い」だけではすまないが、創り出す喜びは共通しているように感じる。

 ただ、ちょっと違うのは、ビジネスを創れば、そのビジネスがお金を連れて来てくれる可能性があるけれど、音楽を創っても、音楽はお金を連れて来てくれるわけではない、ということだ。
 それどころか音楽制作では、「ここでギターのジャラーンが欲しいよな。しかもここは絶対にマーチンのジャラーン以外ありえない」ってなノリで、一瞬の「ジャラーン」に大金が必要になることがある。

 僕の場合は、ビジネスの分野で得たお金が、音楽などの分野にうまく流れて行くことが多い。でも、たまたま僕がいろんな創作をやりたかったから、こうなっているだけで、僕は特別お金が好きなわけではない。
 僕の創作の分野の1つに「ビジネス」があったことで、結果的に僕は好きなことをやりながら生活ができているわけで、これはたぶん、とてもラッキーなことなのだろうと思っている。

短すぎる一日 [2014年3月26日(水)]

 よく「歳をとるほどに、1年が過ぎるのを早く感じるようになる」と言うが、「1年」はもちろん「1日」についても同じことが言えるのではないか、と思う。
 僕自身、この頃「1日がアッと言う間に終わってしまう」ように感じられるからだ。
 なぜなのかはわからないが体感的な「1日」が、やたら短い。

 これは、すべての人に当てはまることなのだろうか?
 ひょっとしたら自分が、毎日とても忙しく(しかも楽しく)暮らしているから、そう感じるだけなのだろうか?

 いや、僕のライフスタイルは以前からそれほど変わっていない。
 なのに、最近どんどん1日が短くなってきていると感じるのは、やはり加齢のせいではないか。
 いや、もしかすると最近「目の前の一瞬々々に集中すること」を心がけていることも、時間感覚に影響を及ぼしているのかもしれない。
 ──あれこれ考えても結局よくわからないが、とにかく1日が短い。短すぎる。

 カレンダーを見れば今日は3月26日で、もうすぐ3月が終わってしまう。それは2014年の4分の1が終わることを意味していて、その事実に戸惑うのだが、こうしている間にも時計の秒針はどんどん回っていて、それが僕には「時間がどんどん落ちてゆく」ようにも感じられる。
 
 その落ちてゆく時間をこぼさずに、できるだけていねいに拾ってゆきたい。そのためには、やはり目の前の一瞬々々に集中するしかない。
 でも、ひょっとしたら、目の前の一瞬に集中すればするほど、さらに「1日」が短く感じられるようになってしまうのかもしれない。

LINEのアカウントを開設 [2014年3月25日(火)]

 ネット上で「やらなくちゃ」と思いつつ、やっていないことが2つあった。その1つがLINE(ライン)である。
 今や誰でもやっているLINEだが、僕はアカウントを持っていなかった。
 特に必要性を感じなかったからなのだが、今日、LINEのアカウントを開設した。
 IDはradioyaziだ。

 開設したはいいが、いったいこのあと何をしたらいいのか、何をどうするとどうなるのか、まったくわからない。
 手探りで少しずつ使ってみようと思っている。

 LINEのアカウントを開設しようと思ったキッカケは、ツイキャスの電凸。
 ずっとSkypeを使って電凸を受け付けていたが、LINEしかやっていないリスナーさんも多いということで、LINEに対応するためだ。

 ネット上での「やらなくちゃ」は、もう1つある。FaceBookだ。
 こちらは、なんとなく雰囲気が嫌で始めていない。
 アカウントの開設作業を進めていくと、どんどんプライベートな質問が来るので答えるのが嫌になり、中断、放置というパターンだ。

 しかし何でも「食わず嫌い」はダメで、やってみないとわからない。
 LINEの次はFaceBookに挑戦しようと思う。むりやりだけど。(笑)

母校の音楽部の定演を聴いて [2014年3月24日(月)]

 昨日(23日)、母校の音楽部の定期演奏会を聴きに行った。
 僕の音楽活動の中で、ひとつの「根っこ」になっている「合唱」を。

 合唱という音楽の分野はちょっと特殊だ。
 小学校、中学校、高校、大学の各学校には、必ずと言っていいほどコーラス部やコーラスのグループがあるし、学校行事に合唱が組み込まれていたりする。
 ママさんコーラス、社会人のコーラスなどもたくさんあり、合唱はいわば社会に根付いて継続的に愛好されている。
 しかし、合唱曲がクラシックの名曲として数えられることはなく、ベートーベンの第九も「合唱つき」の交響曲であって、合唱はオマケだ。
 合唱のCDがバカ売れして「ヒット曲」になることもない。
 合唱は、どこか音楽の主流から外れた感がある。

 しかし、僕はそんな合唱が、いくつになってもどうしようもなく好きで、自分が歌を作るときには、どこかで合唱曲を意識している。

 久しぶりに母校の合唱を聴いて、僕は「時が来た」と感じた。
 いよいよ合唱曲を書く時が来たと。
 今後は、自分の歌を合唱曲にアレンジする作業も含め、深く合唱と関わって行きたいと思っている。

 ただ、そのためには僕の曲を歌ってくれる合唱団が必要だ。
 まずは僕の創作に協力してくれる合唱団を探すところから、活動を開始しなければならない。
 もちろん、母校の音楽部にも「ダメもと」で依頼してみるつもりだ。

名古屋でサイレント・ギターを試奏 [2014年3月23日(日)]

 昨日は久しぶりに外出。名古屋へ行って来た。
 主な目的は、ヤマハのサイレントギター(ナイロン弦のもの)の試奏。
 真夜中の練習用に欲しかったので、演奏のしやすさと音質を確かめて、気に入れば買おうと思って出かけた。

 最初に石橋楽器(スカイル)に行ったが在庫がなく、島村楽器(パルコ)に移動。こちらには在庫があり、試奏させてもらうことができた。

 サイレントギターというのは、音を響かせるためのボディがなく、文字通りほとんど音の出ないギターで、ヘッドホンで聴くかアンプを通して演奏する。
 小さな音しか出ないから真夜中にも練習できる。価格は約6万円。安くはない。

 さて、試奏させてもらっての感想だが、まったくダメだった。
 通常のクラシックギターに近い感覚で弾けて、きちんと音はでるのだが音質があまりにもひどい。
「この音では練習する気にならない」と思ってしまった。
 もちろん、純粋に「練習用」と割り切れば使えなくはないのだが購入意欲はわかなかった。

 実は、ヤマハのサイレント・ギターは以前にも購入したことがあり、そのときもなじまなくて、人にあげてしまった。
 あれから10年以上たっているから、音がよくなっているのではないかと期待したのだがダメだった。

 今、僕は練習用に桜井正毅という製作家のギターを使っていて、ライブ用にはアントニオ・サンチェスを使っている。
 さらに、ホセ・ラミレスを修理(というか修復)に出しているところだ。

 だから十分な数と種類のギターを持っているのだが、いずれも真夜中に弾くには、ちょっと気がひける。
 そこで、サイレント・ギターの購入を考えたわけだが、やはり本物のギターの生音が一番だと再認識する結果になった。
 ヤマハの新しいサイレント・ギターは、渡辺香津美さんの監修で作られたものということで、かなり前から気になっていたので、ちょっと残念。

インプット×1,000=アウトプット [2014年3月22日(土)]

 歌を聴くのは情報のインプット。歌を作って歌うのは情報のアウトプット。
 ツイキャスを視聴するのはインプット。自分がキャス主としてツイキャスをオンエアするのはアウトプット。
 本を読むのはインプット。本を書くのはアウトプット。
 これらの行為はとても近い位置にあるように見えて、質はかなり違う。

 たとえば歌。
 歌を聴くのに比べて、歌を作って歌うには100倍~1,000倍の労力が必要だ。平たく言えば「100~1,000倍たいへん」である。
 だから誰もが歌を聴くけれど、作って歌うとなると、できる人(正確には「やる人」)の数が限られてくる。

 ツイキャスや動画も同じで、コンテンツを提供する側には視聴者の100倍~1,000倍のエネルギーが必要だ。
 ツイキャスは配信アプリのボタンをタップするだけで配信できるから、視聴者とそれほど変わらないと思う人もいるかもしれないが、その意識でキャスをオンエアしても「誰にも見てもらえない」ことになりやすい。

 本も1,000冊読んで、ようやく1冊書けるかどうかだ。
 実際、僕は10数冊の本を出しているが、蔵書は10,000冊ほどある。

 だからアウトプットのスピードや量を上げるのは、なかなか難しい。
 ときどき、恐るべきスピードで大量にアウトプットする人がいる。そんな人は、もちろん能力が高いのだが、それだけでなく、ほぼ間違いなく生活のほとんどすべてをアウトプットの作業にあてている。ほかのことを犠牲にして、アウトプットにきちんと時間を割いているのだ。

 僕もクリエイターの端くれだが、残念ながらアウトプットのスピードが遅く量も少ない。かといって質が高いわけでもない。
 今後、どこまでスピードアップできるか。挑戦を続けたい。

書店がある幸せ [2014年3月21日(金)]

 僕は時間があると、たいてい書店に行く。
 ありがたいことに、僕の自宅からクルマで5分~10分程度の距離に、割と大きめな書店が2軒ある。
 この2軒のリアル書店とアマゾンを組み合わせることによって、僕は東京にいるのとほとんど変わらないレベルで本を買うことができている。
 あとはときどき名古屋や東京の大きな書店に出かければOKだ。

 僕が書店に行って手ぶらで帰ることは99%ない。かならず本や雑誌を2冊から5冊程度、買い求める。

 日本経済新聞の調べによれば、1ヶ月あたりの書籍雑誌への支出額が1,000円未満の人が、全体の65%以上だそうだ。
 僕は最近、本の購入量が減っているが、それでも本、雑誌、新聞に、最低でも月額5万円は使うから、普通の人の50倍以上のお金を使っていることになる。

 また、冊数で見ると、1年に100冊以上の本を買う人は全体の約1%なのだそうだ。僕は確実にこの1%の中に入っている。

 電子ブックが普及し始めて、僕は一時「リアル書店がなくなるかもしれない」と恐れたが、近所の2軒の書店は、まだなんとか大丈夫そうだ。(しかし1軒は最近経営者が変わっている。)
 手にとって本を選べるリアル書店は、僕にとってなくてはならない場所であり、これがなくなるとかなり辛い。

 今は大丈夫だが、さて、あと5年後、10年後、15年後にリアル書店が生き残っているかどうか? これは限りなく危ない。
 書店だけでなく活字文化そのものが危ないのかもしれない。

 とりあえず今は、書店に行って新刊本の匂いに包まれることができる。
 この幸せをかみしめておこうと思う。

僕はバカでした [2014年3月20日(木)]

 先日「怒るのはバカの証拠」というタイトルで日記を書いた。
 しかし何を隠そう僕自身、相当怒りっぽい性格である。
 いや、正確に言えば相当怒りっぽい性格「だった」。
 つまり、かなりのバカだった。

 僕が「怒り」という感情について今までになく深く学び、納得することができたのは、つい先日。2014年の3月のはじめのことだった。
 それ以来、僕は以前に比べて格段に怒らなくなった。

 逆に言えば、それ以前の僕は、たびたび「正しいのは自分だ」と「瞬間湯沸かし器」のように怒っては失敗していた。具体的には人間関係をダメにすることがあった。

「怒らなくなっただと? 笑わせるな。おまえは現に毎日のように、ライブ(ツイキャス)などで国や行政に対して怒っているではないか」と言われるかもしれない。

 しかし、
「消費税を上げてはならない! まずは節約だろう!」といった、国や行政に対する僕の怒りは、いわゆる「公憤(こうふん)」である。
 それは、自分と違う意見や感想を持った人に、自分の正当性を力ずくで押しつけるために怒る「私憤(個人的な怒り)」とは性質が違う。
 僕が減らすことができたのは「私憤」であり、「公憤」はむしろ意識的に持ち続けている。

 過去に僕が、自分の正しさを承認させようと持ち出した「怒り」によって壊してしまった人間関係は、残念ながらもう修復できない。
 今さら「怒って申し訳なかった」とか「自分にも落ち度があった」などと謝罪しても、「ふざけるな」と相手をかえって怒らせるか、
「ほらみろ、やっとわかったか。その通りだ。間違っているのはお前の方だ」と、相手の僕に対する攻撃意欲をかき立てるだけだ。

 だから、今となっては仕方がない。「怒り」によって断絶してしまった人たちとの関係については「縁がなかった」とあきらめるほかはない。

 あまり怒らなくなってから、まもなく3週間。僕はまだ「超初心者」である。
 なにしろ生来の怒りん坊である。このあと僕がまた「怒りちらすバカ」に戻る可能性はゼロではない。
 そうならないように勉強を続けようと思っている。

ギターと歌とライブに生きる [2014年3月19日(水)]

 僕は、これから中学生になるという春にギターを買ってもらった。
 たぶん入学祝いだったのだろう、親といっしょに近くのタカミネの工場に行って買ってもらったのは、9,000円のクラシックギターだった。

 そのとき僕は13歳だったと思う。
 すぐに自己流でギターの練習を始めた。
 今考えると当時、ギターのチューニング(調弦)や、弦の交換は、どうしていたのだろう? 誰も教えてくれなかったし、インターネットもなかったのに。
 本でも見てやったのか? 人に聞いたのか? よく覚えていない。

 ただ、最初に弾いたのは、AmとDmとE7の3つのコードで弾ける「四季の歌」だったことはハッキリ覚えている。
 ご存知だろうか。「春を愛する人は...」という、ほの暗い曲である。
 1つずつコードを覚え、少しずつ弾き語りができるようになるのが楽しかった。

 そのとき僕は思った。
「音楽は、ただ聴くより、自分で演奏した方が10倍、いや100倍楽しいんだ」と。
 その楽しさは今も少しも変わらない。

 僕が少年だった頃、「よし。僕は大人になってもギターを続けるぞ。歌を歌い続けるぞ」なんて決心した覚えはない。
 ただ楽しいから、毎日ギターを弾く。歌う。それだけだった。
 気が付いてみれば、以来42年間、僕はギターを弾き続け、歌い続けている。

 ここ数年は、YouTubeやツイキャスで音楽ライブをやれるようになって、僕の音楽の楽しみはさらに広がった。
 何百人という人が、僕のおしゃべりや歌を聴いてくれるなんて夢のような話だ。リスナーさんたちとの、ふれあいも楽しい。

 かつてYouTubeに毎日動画を上げていた頃、それは「努力」だった。
 しかし今僕が毎日ライブをやっているのは、ただそれが楽しいからだ。

「ライブを毎日やるぞ」と決意して続けているわけでもないし、「トークのスキルを上げるため」といった目標達成のために、がんばっているわけでもない。
 僕は、ただひたすらライブを楽しんでいるだけだ。
 だから、今年の1月末から2月の始めにかけて、体調を崩してでライブができなかったときは辛かった。

 僕は今、ギターと歌とライブに生きている。
 このあと、また体調が悪くなったりして、ライブができなくなる時期もあるだろうが、できる限り毎日のライブを続けたい。

怒るのはバカの証拠 [2014年3月18日(火)]

 人間の心の働きは実に不思議だ。
 たとえば「怒り」という感情について。

 一般的に「怒り」は「感情」だからコントロールなどできないと思われているのではないだろうか。
 また、もしも「怒らないための知識」があったとしても、怒りは感情だから知識で抑えることなどできないと考える人が多いように思われる。

 その証拠に「つい腹が立って、ひどいことを言ってしまった」「つい怒りにまかせて、ひどい内容のメールを送ってしまった」などという話を耳にするのは日常茶飯事だ。
 どうやら「つい怒ってしまって失敗した」ということがあっても、それは人間だからしかたがない、というのが多くの人の共通認識であるようだ。

 しかし僕は、人間は、いともたやすく「怒り」という感情に負けてしまうような情けない存在ではなく、もっとすごい存在だと信じている。
「人間は、きちんと学べば感情の習慣さえも変えられる」と。
 つまり、怒りっぽかった人でも、学ぶことによって、怒らない人(怒りの感情が起こらないようにコントロールできる人)に生まれ変わることができると思うのだ。

 以前どこかで「怒るのはバカの証拠だ」という話を聞いたことがある。
 実際その通りで、多くの場合、人の怒りは、怒りの感情に何らかの自己主張を乗せて、その主張を力ずくで押し通そうとする行為であり、怒っている人は、その方法(怒りで人を威嚇して自己主張を通すという方法)しか思いつかないから(知恵が足りないから=バカだから)、怒ることを選んでいるのである。

 怒ってばかりいる人に「怒るのはバカの証拠だ」と言っても、本人は絶対に認めないだろうし、タイミングによっては、それは火に油を注ぐことようなことになるだろうが、それでもやはり「怒るのはバカの証拠だ」と、僕は思う。

 ただし、怒ってばかりいる、その人自身が悪いのか? といえば、そうでもなく、それは単なる勉強不足なのではないかというのが僕の私見だ。
 つまり、怒りっぽい人は、怒りによらずに対人関係のもつれを解決するための知識が足りないのだと。

 だから人は、怒りを用いずにトラブルを処理できるようになるまで学ぶべきだと思う。
 怒れば必ず損をするのだから。

消費増税反対 [2014年3月17日(月)]

 いよいよ4月1日から消費増税が実施される。
 一部の有識者が「消費増税は天下の愚策だ」と批判する中、安倍首相は国民や経済学者の意見に耳を傾けることなく「この道しかない」と独断で増税を決めてしまった。

 そもそも「この道しかない」という彼の常套句は、彼がすでに「思考停止状態」に陥っていることを如実に物語っている。
 道など、いくらでもあるはずだ。

 お札を刷りまくって円安に誘導することも、節約を後回しにして消費税を上げることも、ともに大多数の国民を不幸にする愚策だと思うが、残念ながら、これが一部少数の偉い人達にとっては「とてもオイシイこと」であるがゆえに「消費増税しかない」などと正当化され、むりやり押しつけられるわけで、理不尽なことこのうえない。

 消費増税については、特に若い人が気の毒だ。
 そもそも、なぜ国のカネが足りなくなったか? これまでのずさんな行政で、天文学的なムダ使いを続けてきた結果である。
 その行政のミスを平気で国民になすりつけ、若い世代にも均等に負担させようなどという考え方は不平等だ。厳密に言えば「違憲」ではないかと思う。

 僕は一人の国民として、ひたすら「政治に文句を言い続けること」が大切だと思っているので、これからも、
「消費増税反対。消費税5%に戻せ。消費税3%に戻せ。消費税0%に戻せ」と叫び続けたい。笑わば笑え。

ギターが弾ける幸せ [2014年3月16日(日)]

 僕がギターを始めたのは「歌(弾き語り)の伴奏をするため」だった。
 その後、歌だけでなくギターも大好きになってしまった僕は、高校卒業後クラシックギターの専門学校に入った。親は泣いたね。(笑)
 そして4年間みっちりギターを通して音楽を学んだ。

 あまり知られていないことかもしれないが、クラシックギターを弾く人は、ギターを弾くために右手のツメを伸ばし、形を整えてヤスリで磨いている。
 右手のツメは、いわば「楽器の一部」なのである。

 卒業後、僕はビジネスに熱中し、しばらくギターから遠ざかった時期があった。
 具体的には、右手のツメを短く切っていた時期があった。

 今はどうかというと、右手のツメは、しっかりギタリスト仕様に戻っている。
 親指のツメはブキミな三角形に研いである。(笑)
 だから今は、ちゃんとしたギターの音が出せる。
 正直このツメ、かなりじゃまなんだけどね。

 そんな僕の趣味はギターの技術練習だ。今は毎日、自作の練習曲5曲のうちの3曲(練習曲第3番、第4番、第5番)を中心に、バカみたいにメトロノームに合わせてくり返し、くり返し弾いている。

 最近は、夜「早く明日にならないかな」と、翌日の練習が待ち遠しく感じるほど、ギターが弾けることが楽しくて仕方がない。
「音の静かな『サイレントギター』を買えば真夜中にも練習できるかな」てなことも考えている。
 とにかく音楽のある人生は楽しい。

仕事のプロジェクトに着手 [2014年3月15日(土)]

 僕は去年、今までやっていた仕事に、いったんキリをつけた。
 しかし仕事をやめてしまうわけではなく、今年の春から新しいスタイルで仕事を再スタートすることにしていた。

 3月も今日で半分が終わり、明日から後半が始まる。
 いよいよ明日から、僕は予定どおり4月からの仕事の計画を立て始めることにする。

 3月の前半は、読書や勉強をしながら今までの人生を振り返り「気持の整理」をしていた。
 仕事のこと、人間関係のこと、すべてを棚卸ししてきっちり整理した。
 その結果、僕は今とてもスッキリしている。そして、とてもリラックスしている。ゆったり気持よく呼吸ができている。

 4月からは少し忙しくなりそうだが、仕事一色にならず、好きな表現活動にもできるだけ時間が割けるよう、バランスのよいプランを立てようと思っている。
 僕の新しい仕事のプロジェクトが、少しでも皆さんのお役に立てるものになればと願いつつ、計画を練りたい。

むりやりの政治 [2014年3月14日(金)]

 お札を大量に刷って円の価値を下げることによって、むりやり円安に誘導し、投資ギャンブラー達が投資資金を貸りやすいようにして、むりやり株高にする。
 企業に圧力をかけて、むりやり賃金を上げさせる。

 教育委員会に圧力をかけて、むりやり政府に都合のいい教育を押しつける。
 憲法解釈を変えて、むりやり戦争ができる国にする。

 住民の反対感情を無視しつつ、むりやり原発を再稼働する方向に持って行く。
 NHKの人事についても、むりやり政府にとって都合のいい人たちで固めて、報道の内容を政府にとって好都合なものにする。
 不景気な時は減税するのが当たり前なのに、巧みな情報操作で国民をむりやり納得させて、むりやり消費税を上げる。

 今の政府のやっていることは全部むりやりだが、日本国民は大人しいので、みんな黙っている。
 やりたい放題の政府にとってはおめでたいことである。

 僕は最近、こういうことを書いているだけで、もしかしたら逮捕される日が来るかもしれないという窮屈さと空恐ろしさを感じている。

ギターの練習曲5曲完成 [2014年3月13日(木)]

 去年からギター(クラシックギター)の練習曲を作曲していた。
 ところが年末に首を痛め、その影響で手が痺れるなどの問題が出てしまい、2ヶ月近くマトモにギターが弾けず作曲も中断していた。
 ありがたいことに今月になって体が回復したので、練習を再開し、練習曲の作曲も再開することができた。
 ちなみに僕はいつも、練習しながら同時に練習曲の作曲もするという、奇妙なスタイルの練習をやっている。

 そんな奇妙な作曲のプロセスを経て、今日の段階でギターの練習曲が5曲完成している。あとは記譜するだけという状況だ。
 つまり、まだ楽譜が書けていないので、今のところ、僕の練習曲は僕の頭の中にあるだけで誰も知らない。

 僕は日々の自分のギターの練習を、自分の創ったオリジナルの練習曲だけで行うので、もしも僕の練習を聞いてもらえればどんな曲かはわかるのだが、このまま記譜しなければ作った曲は僕が死ぬか、僕の脳みそが病気などでダメになった段階で消えてしまう。

 とても効果の高い練習曲が完成しているので、できれば記譜して残したいと思っている。
 楽譜ができたらギター仲間に送って、練習に使ってもらえたらと思っている。

国民はバカじゃない [2014年3月12日(水)]

 NHKが企業の賃上げのニュースを「政府の働きかけの効果が出ている」などと報道していた。お昼のニュースも、夜7時のニュースもトップはこの話題。
 もはや完全に「政府公報」と化した感のあるNHKの報道に、ブキミさを感じるのは僕だけではないだろう。

 たしかにベア(ベースアップ)を行った企業が多いようだが、賃上げの幅はわずかで、消費税の増税分を埋めることもできない額ではないか。
 また、政府の企業への働きかけは、
「賃上げをしなければ経済産業省から何らかの対応があるだろう」という、甘利経財相の言葉を見ればわかるように高圧的なものだ。

 政府は、財政の健全化は先送りしつつ無駄なお金を使いまくり、たくさんお札を刷ってむりやり円安株高に誘導し、みせかけの好景気を演出して自画自賛。増税、増税で庶民を苦しめながら「この道しかない」と自信満々に高笑いしている。

 復興を進めるよりオリンピック。
 福島の原発事故の完全収束より原発再稼働。
 日本政府(安倍首相)は、都合の悪い情報を巧妙に誤魔化し、あるいは隠しながら、狂ったように「この道」を突き進んでいる。

 さて、いつまで誤魔化し続けられますでしょうか。
 残念ながら国民はそれほどバカではない。

頭を良くしないと幸せになれない [2014年3月11日(火)]

 大学受験の合格発表シーズンである。
 日本では、東大、京大、阪大、名大あたりに入ると「すげー」ってことになる。
 確かに、こうした大学に入る人は優秀なんだろうと思う。

 ひるがえって自分はと言えば、高校卒業後、音楽学校に通ってましたってなアホな学歴を礎に生きている。
 だからこそ僕は今でも毎日、「少しでも勉強せねば」と思っているし、実際に時間の許す限り読書を中心に勉強している。
 読書(=勉強)の目的は、ズバリ、頭を少しでも良くすることだ。

 というわけで、毎日、まずは新聞から読み始めるわけだが、新聞を読んでもほとんど賢くなれることはない。特に一般の新聞はダメで、脳に良い刺激を与えてくれることはほとんどない。
 むしろ僕が長く定期購読している「日刊ゲンダイ」のような夕刊紙の方が、視点がひねくれている分、頭の刺激になる。

 頭を鍛えるために最適な教材は、僕の場合「文藝春秋」である。
 これを読むのは骨が折れるけれど、読めば読んだだけのことはある。
 ときどき「週刊現代」や「週刊ポスト」などを読みたくなるが、そんなカネとヒマがあったら「文藝春秋」を読むべきだと思っている。
「文藝春秋」は月刊誌ゆえ速報性はないが、考えさせる記事が多く、脳みそに良い刺激を与えてくれるからだ。語彙も増える。

 僕は「人はどうすれば幸せになれるのか」ということをよく考えるが、必要十分な経済力と時間的な自由があって、好きなことができており、メンタルが良ければ、かなり幸福度は高くなるだろう。
 僕は、こうした「幸福のための条件」を整えるためにも、実は勉強が必要で、勉強して頭を良くしなければ、極端な話、何も良くならないと思っている。

 僕の場合、良い頭とは、すなわち、良いアイデアが出て来る頭のことを指す。
 だから僕は、いわゆる「良い大学」に入るような学力を身に付けるような方向にではなく、良いアイデアが出て来るような方向に頭を鍛えようと意識しながら勉強している。

WindowsXP [2014年3月10日(月)]

 あと1ヶ月ほどで、使い慣れたWindowsXPのサポートが終了する。
 2001年にリリースされたOSなので15年近くXPを使ってきたことになる。
 とても使いやすいOSで、もはや「体の一部」のようになってしまっているので、正直XPが使えなくなるのは痛い。

 マイクロソフトは、セキュリティの問題などがあるから、Windows8.1にバージョンアップせよと言うが、Windows8.1は、まだ不具合も多く不安定だ。
 だから僕はWindows7のPCをメインのマシンにする予定。

 実は、とっくの昔にWindows7に移行するつもりで、何度もトライしてきた。Windows7のマシンも数台持っている。
 しかし、どうしても7になじめずXPを使い続けていた。
 こんどこそ移行しなければならないが、やはり気が重い。

電凸 [2014年3月9日(日)]

 僕のツイキャスでは週末に「電凸」をやっている。
 電凸というのは、リスナーさんとスカイプで通話し、その模様をキャスで流すというもの。
 僕に限らず人気のあるキャス主さんたちの多くがやっている、キャスでおなじみの企画である。

 僕は54歳なので、ほぼ確実に年下というか若い世代の男女と話すことなるわけだが、いろんな悩みや困難の中で、いっしょうけんめいにがんばっていることが伝わる通話が多く、とても興味深い。

 今はスカイプだけでやっているが、このあとはLineでもつながるようにして、電凸の輪を広げていきたい。

できるだけ怒らない方がいい [2014年3月8日(土)]

 誰もが「自分は正しい」と思って生きている。
 そう思えなければ、生きることができないかもしれない。
 その「正しさ」は自分にとっては絶対的なものだ。しかし他人にとっても絶対的なものであるとは限らない。

 今あなたが「自分は絶対に正しい。間違っているのはAさんの方だ」と考えているとしよう。
 あたなの友人は「あなたの言う通りだ。正しいのはあなたで、間違っているのはAさんの方だ」と、あなたに賛成してくれるかもしれない。
 しかし中には「間違っているのはあなたの方だ。Aさんの方が正しい」という人もいるだろう。

 自分の「正しさ」が、すべての人に受け入れられない中、
「誰が何と言おうと自分が正しいのだ。間違っているのはAだ。どうしてわかってもらえないんだ!」と強く思えば、激しい怒りがこみあげてくるだろう。

 その怒りは炎のように燃え上がり、自分の身を焼き焦がす。
 怒ってばかりいる人、文句ばかり言っている人は、だいたい体調が悪いようだ。胃が痛い、頭が痛いなどと、しょっちゅう体調不良を訴えていたりする。
 自分の身体を自ら火あぶりにしているのだから、そうなるのも当然と言える。

 ところで、絶対的な「正しさ」などというものが、この世に存在するのだろうか?
 たとえば電車で席に座っていたら、前にお年寄りのおばあさんが立っていることに気づいたとしよう。
「どうぞおすわりください」とあなたが席を譲ろうと立ち上がったとき、おばあさんは、
「ありがとうございます」と感謝してくれるかもしれないし、
「年寄り扱いしないでください。結構です」と怒って横を向くかもしれない。

 そのとき、「自分が絶対に正しい」と思っていたら、
「なんだこのクソババア! せっかく席を譲ってやろうとしたのに!」などとケンカをすることになりかねない。
 実際に口に出して怒らなくても、そのあとずっと腹の中で怒りがおさまらないまま一日を過ごすかもしれない。

 しかし、「自分がいつも正しいとは限らない。自分がよかれと思ってしたことが相手に受け入れられない場合もある」ということを認識していれば、「失礼しました」と微笑んで座ることができる。

 こう考えると、どうやら怒らない方が、気持ちよく健康的に過ごせそうだ。(笑)
 やはり、できるだけ怒らない方がいいように思われる。
 自分の「正しさ」なんて、ただの思い込み。
 絶対的なものではないのだ。

わたしは良い人?悪い人? [2014年3月7日(金)]

 あなたは、こんな経験をしたことがないだろうか?

「職場のAさんとBさんに、『わたし』は同じように接してきた。ところがAさんにはひどく怒られた。一方のBさんにはとても感謝されている。」

「わたし」は、わざわざ怒らせようとしてAさんと付き合ったわけではない。
 また、「わたし」は、とくに感謝されようとしてBさんと付き合ったわけでもない。
 それなのに、Aさんは「お前を許さないぞ」と「わたし」に激怒している。
 一方のBさんは「ありがとう」と「わたし」に感謝している。

 実際にこういうことが、たびたび身の周りで起こる。
 職場だけではなく、学校、そしてネット上などで。
 なぜ、このようなことが起こるのだろうか?

 Aさんの行動を見ていると、たえず不機嫌で何かに怒っているようだ。
「わたし」に対して怒っているだけでなく、つねに周囲のいろいろな人やできごとに対する不平不満を表明しているようである。
 Aさんは「自分がうまく行かないのは、自分をとりまく人のせいだ、環境のせいだ、過去の体験のせいだ」と結論づけ、人とのかかわりを拒絶しているようにも見える。

 一方のBさんは、いつも穏やかでニコニコしている。
 Bさんの口から出て来るのは感謝の言葉が多い。
 Bさんは「どんな経験も、すべて勉強です」と、自分を取り巻く人や環境に感謝し、すべての人やできごとを受け入れているように見える。

 さてここで、Aさんに嫌われている「わたし」は悪い人なのだろうか?
 また、Bさんに感謝されている「わたし」は良い人なのだろうか?
 もちろん、どちらの「わたし」も同一人物である。

 僕は思う。おそらく「わたし」は、良い人でも悪い人でもないだろうと。
 Aさんは怒っている。それはAさんのライフスタイルである。
 Bさんは感謝している。それはBさんのライフスタイルである。
 僕は、ただそれだけの話だと思う。
 だから「わたし」は、AさんやBさんの感情とは無関係に、明日からも「わたし」らしく、普通に生きて行けばよいのである。

やり過ぎ [2014年3月6日(木)]

 僕は何かにつけ、やり過ぎる傾向がある。

 たとえば音楽の練習。
 先日から発声練習をやり過ぎて、ほとんど声をつぶしてしまった。
「出にくい高音を必死で出す」みたいな激しい練習(やってはいけない練習)をやり過ぎて、かえって声が出なくなってしまったのだ。
 ここ数日は発声練習を休んでノドの回復を待っている。

 加えて今日は、ギターの練習もできない状態になってしまった。
 原因は、これまた練習のやり過ぎ。
 指が痛くてギターが弾けない。
 ここで無理に弾くと腱鞘炎になりかねない状態だ。

 去年の暮れから2ヶ月ほど、頸椎症のため満足にギターの練習ができなかったが、ありがたいことに最近になって練習ができる状態に回復した。
 しかし、その嬉しさのあまり練習をやり過ぎた。(笑)

 発声練習のやり過ぎで声をつぶし、ギターの弾きすぎで指を傷める。
 まさに本末転倒でバカな行為なのだが、僕はどうしても熱中するとやり過ぎる。暴走が止まらない。

 僕が馬ならば、暴走しそうになったところで騎手が「どうどう」となだめてくれるのだろうが、僕は馬じゃない。(笑)
 自分で自分に「どうどう」とブレーキをかけるしかないのだろう。

いくつかのコメントを削除した理由 [2014年3月5日(水)]

 今日は雨。
 久しぶりの雨だ。
 暖かな春の日差しもいいが、こうした、しっとりした天気も、またいいものである。

 さて、僕は最近このWebサイトから、いくつかのコメントを削除した。
 削除したのは、言ってみれば「僕は正しいんだぞ」という主張がメインテーマになっていたコメントである。

 もちろん僕はいつでも「自分が正しい」と思うことをやってきたし、やっているつもりだ。それは、僕に限らず誰でもそうだと思う。
 しかし、自分が正しいと思うことを人にも強要することはできない。自分と人とでは価値観も判断基準も違うからだ。

 省みるに、僕にはこれまで、「オレが正しいと言ったら正しいんだ。それがなぜ、わからないんだ」と、つい主張したくなるクセがあった。
 最近、これは、かなりバカバカしいことであると気づいた。
 だからやめることにした。(笑)

 自分が正しいのだと持論を振りかざすのは、さながら剣を振り回して戦うようなもの。人は「引いてしまう」だろうし、第一、自分の心が安まらない。
 だから僕は、鎧を脱ぎ剣を置く(戦いを挑むような刺々しいコメントを削除する)ことにした。
 論争に勝ちたい、みたいに考える傾向があるのはよろしくないと考え、過剰な自己主張を取り下げたのである。

 しかしながら世は競争社会。「世界第二位だった経済を取り戻せ」「東京を世界一の都市にする」といった言葉が、今日も当たり前に飛び交っている。
 要するにこれ、中国を蹴落とせ、他の都市を蹴落とせ、ってことですよね?(笑)

「自分として最善の努力をすればいい。その結果が何位だっていい。」
 ソチ・オリンピックで、浅田真央選手の演技に日本中が涙したのは、このこと(競争に勝つことがすべてではないこと)を皆、実は心の底でわかっているからだと思う。

良書との出会い [2014年3月4日(火)]

 僕は、これまでに本を、雑誌など含め1万冊ほど購入した。
 そんなに本を買えば、さぞ多くの良書に恵まれたことだろうと思われるかもしれないが、さにあらず。

 実は良書と呼べるような本に出会える確率はかなり低い。
 僕の場合、約1万冊の蔵書のうち、本当に(自分にとっての)良書と呼べるような本、(自分の)人生を変えるようなパワーを持つ本は、わずか10冊程度だ。

 では残りの本がすべてムダな本だったかと言えば、そんなことはない。
 本にはそれぞれ役目がある。
 ビジネス書であれば、その本のタイトルから想像できる範囲の、あるまとまった知識を提供してくれていればそれでいい。
 商業出版されている本の多くは、それなりの完成度に到達しているから、ほとんどの本が、それぞれ一定の役目を果たしてくれている。

 僕が言う「良書」とは、それにとどまらず、さらに、自分を自分でも驚くほどバージョンアップしてくれる革命的な本のこと。
 何度でもくり返し読みたくなる本、読みながらメモを取らずにはいられない本のことだ。

 自分にとっての「良書」と巡り会うために、僕は今も本を買い続けている。

春! [2014年3月3日(月)]

 まだ寒さが残っている。
 ウチの近くにも雪のカタマリがあちこに点在している。
 でも、今日の日差しはまさしく「春」だった。

 春の到来は嬉しい。
 ワクワク、ウキウキする。
 僕は春が来たことを喜びたい。

 3年前、この嬉しく楽しいはずの春に3.11があって、世の中真っ暗になってしまった。
 あれから3年。日本はもう「震災前の日本」に戻ることはできない。

 しかし、とりあえず今年も春が来たのだ。
 この春の到来を心の底から喜びたい。
 前を向いてがんばれば、どんな状況も、きっと何とかできるはず。

ボイストレーナー(VT-12)購入 [2014年3月2日(日)]

 どうしても歌が上手くなりたいので、練習に使うボイストレーナーを購入した。
 ローランドのVT-12というメトロノームのようなマシンである。
 このマシンに向かって歌うと、音程をすぐにチェックして、合っているのか外れているか(高いか低いか)教えてくれる。
 僕の場合、歌の音程がもっぱら上ずる(高くなる)のだが、VT-12でチェックすると、それが一目瞭然だ。

 このVT-12には「コンコーネ」が収録されており、伴奏に合わせて練習することができる。
 コンコーネは声楽をやる人なら誰もが歌う、古典的な練習曲だ。
 高校のときは合唱部だったので毎日のように歌っていた。
 書棚にあった古い古いコンコーネの楽譜を取り出して、VT-12の伴奏で歌ってみた。
 ピアノ伴奏が懐かしい。

 かつて20代の頃は、自分の声質は嫌いだったが、音程やリズムに苦労した覚えがない。
 今は、声質は前より好ましい方向に変化したが、音程がうまく取れなくて困っているが、練習あるのみだ。

BGM制作いったん終了 [2014年3月1日(土)]

 今日の段階で、オリジナルBGMが64曲になったが、さすがに素材も尽きて、もう作りようがなくなった。
 ここでいったんBGM制作を終了する。
 明日からはDAWそのもの勉強に戻ろうと思う。

 DAW(音楽制作ソフト)については、まず、SonarのX1を学び、X2、X3と進む。今後の音楽制作、あくまでも昔から使い慣れているSonar系がメインだ。
 その一方でSinger Song WriterとPro Tools系も勉強し、さらに、毛色の違うAKAI MPCも加えて、いろんなサウンドメイキングに挑戦したいと思っている。

オリジナルBGMが50曲超に [2014年2月28日(金)]

 最近、ヒマさえあればキャスで使うBGMを作っている。
 BGMが増えたことで、キャスでの表現力も増した気がするし、コーナーの切り替えにもメリハリがきいてきていると思う。

 BGMを作り始めて今日で10日目ほど。これまでに58曲できた。
 本当はここまで長期間BGMを作り続ける予定はなかったし、これほどたくさんできるとも思っていなかったが、まだまだ素材があるので、もう少し続けるつもり。

業務を休止して丸5ヶ月に [2014年2月27日(木)]

 思うところあって、去年の9月末で会社の業務をいったん休止した。
 明日は、それから丸5ヶ月となる2月末日だ。

 個人的に、この2月はひとつの区切りと考えている。
 ここ(2月末)でいったんキリをつけ、3月は自分の会社をどうするか、自分がどう動くかという活動方針を1か月再考したい。
 そして4月からは新しい方向性をハッキリ打ち出して再スタートを切る。そんなプランで動いている。

 今年は、すでに音楽起業という挑戦を始めているが、表現活動と全体のバランスをどうするか、もう一度考えてみるつもりだ。

日本はどこへ行く [2014年2月26日(水)]

 国の動きがブキミだ。
 特定秘密保護法が通ってしまった。
 今は、総理大臣が独断で集団的自衛権を行使できるようにする方向で動いている。
 すでにNHKは総理大臣が完全に自らのコントロール下におさめた。
 報道の内容は「福島第一原発からの放射性物質の拡散は完全にブロックされている。事故を起こした原発は完全にコントロールされている」とする(つまり大嘘つきである)総理大臣の思うままだ。

 政府がこれほど暴走しているのに、安倍内閣の支持率は下がらない。
 支持率の数字が操作されていないとしたら、日本国民はどうなってしまったのか。
 これほど明確に政府が暴走しているのに、なぜ批判が起こらないのか。不思議でしかたがない。
 日本はいったいどこへ行ってしまうのだろうか。

読書の楽しさ [2014年2月25日(火)]

 僕はもう何十年も「毎月の食費より本代の方が高い」生活をしている。
 よく「買った本は全部読むのか? 読んだのか?」と質問されるが、僕は本を読むのが遅いので、とてもじゃないが買った本をすべて読むことはできない。
 それでも気になる本はとりあえず買っておく。
 そして、順番を決めて同時に1~5冊ずつ読んでいくのが僕のやり方だ。

 そんな中、ときどき「当たり」の本に出会う。
 読んでいて「読み終わるのがもったいない」と感じる本である。
「当たり」の本に出会えるのは、1年~3年に1冊。かなり低い確率だ。

 実はちょうど今、その「当たり」の本に出会ったところで、僕は最高に楽しい読書をさせてもらっている。
 その本のタイトルは『嫌われる勇気』。
 アドラー心理学の本だが、これはお薦めである。

 おっと、読み終わっていない本を人に薦めてはいけない。
 でも、読み切るのももったいない。
 今日も、ちびちび読み進めよう。

歌が上手くなりたい! [2014年2月24日(月)]

 10日ほど前から歌の練習を再開した。
 歌はとても難しく、毎日ライブで歌っているが、なかなか思うように歌えない。
 どんな練習をするのが正解なのかも、いまだにわからない。

 練習方法に混乱し、「歌は練習するとかえって下手になる」と考えて練習をやらなかった時期もある。
 実際、練習のやり方を誤るとかえって下手になる場合がある。

 最近は、いろいろな練習方法を試し、ライブで歌ってみて効果測定をしている。
 3日前から練習の方法を変えたのだが、どうやら現在のやり方が最も効果的のようだ。
 それは、まったく歌を歌わないで技術的な発声練習だけをやるというもの。
 とても人様には聞かせられない、とんでもない練習である。(笑)

 このあとは自分用の練習曲を作曲し、伴奏も自作して、よりよい練習ができるようにする予定だ。
 ああ、とにかく歌が上手くなりたい!
 

BGM職人 [2014年2月23日(日)]

 ここ最近、ツイキャスで流すオリジナルのBGMを作っている。
 作ると言っても、音楽制作ソフトに入っている素材を組み合わせて作る方法なので純粋な作曲ではない
 でも僕の好みで作っているので、僕の個性もちゃんと反映されていると思う。

 今日までにループ形式のオリジナルBGMが34曲できた。
 1日12曲作った日もある。僕はもうすっかり「BGM職人」だ。
 なかなかいい曲もあるのだがBGMが多すぎて、ツイキャスの本番中、選曲に迷うようになってしまった。(笑)
 もう少し作るつもりだが、制作が一区切りついたら、できたBGMを使いやすく整理したいと思っている。

54歳の後半に突入 [2014年2月22日(土)]

 僕の誕生日は8月22日なので、今日2月22日は誕生日と誕生日の中間点、いわば折り返し点だ。
 だから僕は毎年この日(2月22日)を意識する。

 今日から54歳の後半が始まった。
 あと半年で55歳だ。
 このあとも時間は容赦なく矢のように過ぎ、アッと言う間に人生が終わるのだ。

 残された時間の中で、いかにやりたいことをやり遂げるか。
 僕の場合、できるだけ多くの作品を残すことがテーマだ。
 焦らず楽しくコツコツがんばりたい。

プール一杯分の涙 [2014年2月21日(金)]

 浅田真央選手がフリーで感動的な演技を見せてくれた。
 彼女の完璧なノーミスの演技を見たのは何年ぶりだろう。
 前日の失敗を乗り越えての自己最高点。もう涙なしには見られない演技だった。
 歴史に残る名演技だったと言っていいだろう。

 もちろん、それでもメダルに届く可能性はなく、悔しいことに変わりはないのだが、彼女の完璧な演技と笑顔を見られて本当によかった。

 それにしても、フィギュアというのは特別な競技なんだと、あらためて思った。
 もちろんスポーツなのであるが、同時に芸術としても成り立っている。
 ここまで芸術性の高いスポーツは、ほかにないだろう。

 真央ちゃんは女性たちの間で大人気だ。
 もちろん僕の妻も彼女の大ファンで、号泣しながら演技を見つめていた。
 今回の真央ちゃんの演技に泣いた女性達の涙は、日本中でプール一杯分ぐらいにはなるだろう。(笑)

晴れやかで残酷な五輪 [2014年2月20日(木)]

 なんとなく、なんとなく、今回のソチ五輪で、真央ちゃん(フィギュアの浅田真央選手)はメダルに届くような演技ができないのではないかと感じていた。
 しかし、まさか、ここまで彼女「らしくない」演技になってしまうとは。
 フリー55.51点。16位。日本人選手中最下位。
 ショックだった。
 もちろん、いちばんショックを受けているのは彼女自身に違いない。

 練習は順調だった。
 しかし練習と本番はまったく違う。
 たとえ練習が完璧でも、同じことが本番でできるとは限らない。

 ただの試合ではない。オリンピックという大舞台。しかも演技の失敗(転倒)にロシア応援団の笑いが起きるような激しいアウエィの嵐の中。
 その重圧はあまりにも強烈だったのだろう。超一流のアスリートである彼女でも、心技体をうまくコントロールすることはできなかった。

 彼女に限らず、オリンピックに出場している選手の皆さんは、それぞれ大変な苦労、努力をしてきているに違いなく、その苦労や努力には金メダルを贈っても足りないだろう。

 しかし現実には、オリンピックで評価されるのはあくまでも結果であり、金メダルを手にできるのは種目ごとにたった一人だ。
 オリンピックという舞台は、限りなく晴れやかで限りなく残酷だと思う。

DAW勉強中 [2014年2月19日(水)]

 最近はDAWの勉強に集中している。
 DAWとは、パソコンにインストールして使う音楽制作ソフトのことで、これさえあればアマチュアの我々でも、プロと同じレベルの音が作れる。
 今は、DAWの基本操作を勉強しながらライブで使うBGMを作っている。
 今日の段階でBGMが5曲できた。

 昔、僕が音楽を作り始めた頃(1980年代)、アマチュアミュージシャンが手にできる機材は、性能は悪く、かつ、アマチュアにとっては高価だった。
 たとえば録音機が100万円みたいな価格帯。
 僕は、必死でお金をためてそういう機材を買ったものだ。

 一方、当時プロが使う録音機材は数千万円~数億円という世界。
 当然、我々がプロ用の機材を買えるはずもなく、アマチュア用の「安い(が僕らにとっては高い)」機材を使うしかなかったが、たった百万円の機材では、どう逆立ちしても数億円かけて作っているプロレベルの音など作れるはずもなかった。

 今はどうか。
 時代は変わって、もはやプロとアマの垣根は存在しないと言っていい。
 さすがにギターなどの楽器だけは安くならないが、マイクなどの録音機材は総じて劇的に安くなり、プロもアマも同じ機材を使って音楽を作る時代が来ているからだ。

 僕がメインで使っているDAWは、SonarのX1~X3だが、最近、国産DAWのSSW Pro(Singer Song Writer)も入れたし、Pro Toolsも入れてみた。
 ちょっと毛色が違うけどAKAIのMPCも入手した。
 すべてのソフトを使ってみて特長をつかみ、曲や目的に応じて使い分けながら、いい作品を作りたいと思っている。

懸垂復活 [2014年2月18日(火)]

 去年の暮れに頸椎症(けいついしょう)が悪化。
 首から腕にかけて激痛が走り、肩の筋肉に力が入らなくなって懸垂ができなくなった。

 もう10年以上前から懸垂は「出来て当たり前」だったので、できなくなったのはショックだったし、これは体に異変が起きているのではと考えて病院に行き、MRI検査など受けたわけだ。
 結果、頸椎に狭窄があることがわかったが、特に治療したわけでもなく、懸垂のできない状態は変わっていなかった。
 2ヶ月近くもの間、懸垂ができないのは初めての経験だった。

 しかし2月に入ってから、少しずつ首、肩、腕の状態が好転してきて、腕にも力が入るようになってきた。
 そこで昨日、恐る恐る懸垂をやってみた。
 すると意外にも難なく体が上がり懸垂ができたではないか!
 僕は思わず、
「できた! ざまあみろ!」と叫んだ。(笑)
 要は、にっくき頸椎症をやっつけたぞってわけ。(笑)

 懸垂ができるようになったことは、ものすごく嬉しかったし「自分はまだできるんだ」という自信にもつながった。

 先月末から今月のはじめにかけて、頸椎症に加えて風邪をひき、かなり「しょんぼり」していたが、懸垂ができるようになり元気が出て来た。
 まだ胃腸の状態がイマイチだが、これも好転している。

 体の調子が悪いと、どうしてもメンタルが悪くなる。
 そうすると、いっそう体の調子が悪くなる悪循環に陥る。
 だから、まずは体の調子を整えることが大切だ。
 歳を取るごとに体調管理の重要性が増すことを実感している。

大雪の被害が甚大なのに政府のんびり [2014年2月17日(月)] 

 このところの大雪で、山梨県が県ごと「孤立」しているそうだ。
 要するに物資が入らないし、出せない、という大変な状態。
 それをNHKテレビが割と平然と、
「山梨県はいぜんとして孤立状態です」「では、次はソチオリンピック!」てな具合で報道している違和感。

 山梨県だけではなく、あちこちに孤立集落ができている。
 また、少なくとも10県22ヶ所で、車ごと立ち往生して4日も5日も身動きできなくなっている人たちがいる。

 おいおい、大丈夫なのか? 放っておいていいのか?
 必要な薬が入らなくて死んでしまう病人はいないのか?
 食糧や水は大丈夫なのか?
 すでに凍死者も出ているというのに、なぜ、本格的に自衛隊を動かして全力で助けないのか?

 この状況の中、安倍首相、昨日は午前中は私邸ですごし、夜は赤坂の天ぷら料理店「楽亭」で高級料理を堪能していたそうな。

 安倍政権になってから、日本は明らかにおかしい。
 民主党政権の方が、まだ「血が通っていた」ような気がしてくる。

雪の壁 [2014年2月16日(日)]

 僕はクルマにスタッドレスタイヤは付けない。
 雪が降ったら出かけないと決めているからだ。

 今日はまさに深雪晴れ(みゆきばれ)。
 道路の雪は溶けており、なんとか買い物に出かけることができたが、道の両側に雪の壁ができており道幅がその分せまくなっていて運転がしづらかった。

 本数冊、ティッシュや胃腸薬などの生活用品等を購入。
 夜はいつも通りライブ。
 ライブ終了後は音楽制作。

僕が金メダルの羽生クン以上に感動した演技 [2014年2月15日(土)]

 日本選手が活躍できず、なかなか盛り上がらなかったソチ五輪だが、男子フィギュアの個人戦が始まり、羽生クンがショートで歴代最高点(100点超え)をマークして、がぜん空気が変わった。

 そしてとうとう今日、羽生クンが悲願の金メダルをゲット!
 日本中が歓喜した。
 仙台出身の彼が金メダルを取ったことは、今も震災の被害で苦しんでいる東北の方々にも力と勇気を与える、本当に喜ばしい快挙だと思う。

 僕はもちろん羽生クンの金メダルに感動したが、実は、それ以上の感動を与えてくれた選手がいた。
 それは高橋大輔選手だ。

 このソチ五輪は、高橋が選手として最後の演技を披露する舞台。
 終始、穏やかな笑顔を絶やさなかった彼の演技から、これまでの彼の長い長い競技人生の悲喜こもごもが、ずしーんと伝わってきた。
 彼の笑顔を見ながら、ああ、これまで彼はどれほどの苦難を乗り越えてきたのだろうと思い、涙が止まらなかった。

 残念ながらメダルには届かなかったが、本当に素晴らしい演技だった。あらめて高橋選手に拍手をおくりたい。

 彼だけではなく、オリンピックに出場している選手たちはみな、我々一般人の想像を絶する肉体的、精神的な苦痛に耐えてがんばっている。
 たとえメダルが取れなくても、彼らの努力は間違いなく金メダル級なのだ。

雪のバレンタイン [2014年2月14日(金)]

 今日は雪。
 まっ白なバレンタインデーとなった。
 恋人達は、この雪の中で愛をささやくのかなーなんて考えると、ちょっとロマンチックである。

 そこで、はたと気づいた。
「僕には雪の歌がない」ということに。
 いろんな歌を作ったけれど、まだ、雪の歌がないのである。

「ちょっと詩でも書いてみるか」と、さっそく雪を題材に詩を書き始めてみたが進まない。(笑)
 どうやら、雪にまつわるロマンチックな経験も思い出もないのが原因のようだ。

 窓の外には、きれいな雪景色が広がっている。
 今は無理そうだけど、いつか雪の歌を作りたい。

パソコン産業の衰退 [2014年2月13日(木)]

 昨年、DellのWin7マシンを買ったが、いろんな不具合があるので思うように使えない。
 その不具合について、Dellに聞いても答えが返ってこないのだ。
「なぜ答えないのか?」と聞くと、
「調べている」というのだが、もう半年以上経っているのに未回答のトラブルが何件かある。調べるのに、まだあと何年か、かかるのだろうか。(笑)

 マシンを捨てようかとも思ったが、高いお金を出して買ったマシンなので、サポートに頼らず自力で使えるようにしようと最近またチャレンジを開始した。

 このマシン、サウンドカードを付ける構成で購入したが、どうもこのサウンドカードがトラブルの原因になっている可能性が高かったので、まずサウンドカードを外した。
 しかし、サウンドカードを外すとPCIスロットが空くので、パソコンの背面にぽっかり穴が開いてしまう。
 このままだと、ホコリなどが侵入するからマシンによくない。

 通常、部品を取り外した際に、できる穴をふさぐ金具が同梱されているが、このマシンの場合、金具が同梱されていなかったので、久しぶりにDellに電話をして「穴をふさぐ金具が欲しい」と要求してみた。

「ご提供できるかどうか調べます」と、10分ぐらい待たされたあと、
「その金具は、ご提供できません」と丁寧に断られた。
 実はこれ、僕の予想通りの対応である。

「じゃ、背面に穴が開いた状態で使え、ということですね?」
 と僕が聞いたら、
「そうでございます」と言う。
「わかりました、穴が開いた状態で使います」と電話を切った。

 僕は、Dellの「プロサポート」というコースに加入しているのだが、客の質問には答えない、客に提供すべき部品も提供しないというのが、この「プロサポート」の実態だ。

 ああ、昔のDellは、こんなんじゃなかった。
 Dellの経営状態が悪いのは知っているが、こんな有様では遠からず会社の存続自体が危なくなるだろう。

 先日、ソニーもパソコン事業の売却を決めた。
 結局、パソコン産業そのものが衰退しているのである。 

沙羅ちゃんまさかのノーメダル [2014年2月12日(水)]

 今回のオリンピックで唯一「金メダル確実」と言われていた、女子スキー・ジャンプの高梨沙羅ちゃんが、まさかのノーメダルに終わってしまった。
 これまで、いろんな大会で当たり前のように優勝し、連勝記録を伸ばしてきた彼女が、まさかメダルを取れないとは。
 これには日本中が驚いた。

 オリンピックでメダルを取るのは簡単ではなく、どうやら実力だけではダメなようだ。おそらく「運」も必要なのだろう。
 つまり、「実力」+「運」でようやくメダルがつかめるのではないか。
 そして、その「運」とは、選手のメンタルが呼び込むものかもしれない、と思う。

 スノボのハーフパイプでメダルを獲得した、平野、平岡コンビは、インタビューを見ていても、(いい意味で)あまり緊張感が感じられなかった。
 名字が平野、平岡だけに、オリンピックも「平」気で、いつでも「平」常心でいられるのか? それはわからないが、彼らのようにリラックスしていないと「幸運の女神」は微笑まないのかもしれない。

 世の中「結果がすべて」である。メダルを首にぶら下げて帰れる選手と、そうでない選手とでは、迎えるマスコミの扱いも天と地ほど違うだろう。
 沙羅ちゃんのノーメダルで、予定されていたいくつかの特集番組がボツになったであろうことは想像に難くない。

 どの競技も、当日の選手の体調の良し悪しはもちろん、ほんのわずかタイミングが狂っただけで結果が大きく異なってくる。風や温度など、自然の条件が結果を大きく左右することもある。
 しかし出てしまった結果は変えられないし、選手は言い訳もできない。

 4年に1度の、競技が行われるほんの一瞬で、選手の評価が決まってしまうオリンピック。
 オリンピックとは、なんと過酷で残酷なイベントだろうか。

不公平な(?)オリンピック [2014年2月11日(火)]

 ソチの冬季五輪。日本人選手がほとんど活躍できないまま、ここまで来ている。まだメダルはゼロだ。
 もともと欧米人に比べて体格が劣る日本人が活躍できないのは仕方がないと思いつつも、なんだか情けなく感じてしまうのは、僕だけではないだろう。

 もちろんオリンピックの成績だけで、国の価値が決まるわけではないのだが、つい、
「え?日本ってダメな国だったの?」てな劣等感がよぎる。
 ついでに、ふくらむ貿易赤字や国の借金の問題なんかもよぎる。

 聞くところによれば、メダルが期待されていたスピードスケートも、そもそもリンクが日本人向けではなく、氷の質も室温も、すべてが「オランダ仕様」だったらしい。
 で、オランダ勢がメダル独占という結果になったのだ、という。
 え? オリンピックで、そんなアンフェア(不公平)なことがあっていいの?

 トラックを走ってタイムを競う陸上競技などと違って、ウインタースポーツは、道具や競技場のコンディションなどで記録に大きな影響が出るし、フィギアなどの「採点競技」も多い。
 だから、もともと完全にフェア(公平)な状態で競技が行われているとは言い難い部分がある。

 加えて今回、一部の採点競技の審査員の間で、日本選手には高い点数を与えないという密約が交わされているという噂まである。
 ああ、もしかしたら「ガンバレニッポン!」の応援も空しいのかもしれない。

 でも、選手の皆さんは長期間の厳しい練習に耐え、今、命がけでがんばっている。
 我々は最後まで「ガンバレニッポン!」の声援を送ろうではないか。

都知事選終了 [2014年2月10日(月)]

 東京都知事選は下馬評通り舛添さんが当選した。
 しかも、得票数は2位の宇都宮さんの2倍以上で「圧勝」だった。

 舛添さんにもお金の問題があるとささやかれ、選挙中は選挙違反の疑いもかけられていたが、当選すればこっちのもの。
 安倍さんの強力なバックアップもあるから、彼には、もう、あまり恐いものはなさそうだ。
 このあと、失敗があるとしたら女性スキャンダルぐらいだろうか。

 それにしても細川さんが2位にもなれなかったことは、ちょっと意外だった。ツイキャスで街頭演説を見ていて、すごい盛り上がりだと思っていたが、票には結びつかなかったようだ。
 正直、年齢、そして体力的な面の不安感も否めなかった。

 原発の問題についても人によってすごく温度差があって、僕は、
「あんな気持の悪いもの、ブキミなものは、いらない!」っていう感覚で、やや冷静さを欠く立場なわけだけど、原発事故から3年たって、かなり冷静になってきている人、気にならなくなってきている人も多いってことのようだ。

 まさか、投票結果まで、安倍さんが「コントロール」しているわけではないだろうから。

動画を作らない生活のメリット [2014年2月9日(日)]

 今日は、買ってから、もう3年は経つだろうというボーカロイド、
・初音ミク
・がくっぽいど
 の2人(?)をPCにインストールした。
 なぜ3年もインストールしなかったのかといえば、これは動画の制作と関係している。

 動画を作る人間は、基本的にすべての自分のアクションを、その都度動画にして発表しようとする。

・この製品を買います。理由は××です。
・注文しました。××で買いました。
・荷物が届きました。開封します。
・使ってみました。こんなところが○。こんなところは×です。

 といった感じで。

 だから動画クリエイターは、何かを買っても「開封動画」を作りながらでないと開封できないのである。
 しかし、動画の制作には、かなり時間がかかる。
 買ったものが3つあっても、開封動画は1つしか作れないという状況になりがちだ。
 その結果、買ったものが「開封動画の撮影待ち」のため、開封されないまま部屋の片隅に積み上がることになる。
 
 僕の買ったボーカロイド達も、こうした動画とのからみもあって、長く書棚の片隅で開封もされないまま待機していたわけだ。

 しかし現在、僕はYouTubeへの動画投稿を実質、休止している。
 また、2013年末で所属MCNを抜けたこともあり、できるだけ高頻度で動画を作成しなければならないという立場にもない。

 だから今は、
「買ったものすべて、自分のアクションすべてを、動画にする必要はない」ので、何かを買っても、開封動画もレビュー動画も作らず、すぐに使い始めてしまうことが多い。

 今日は、前述のボーカロイドだけでなく、最近購入したWin7対応の新しいボーカロイド「結月ゆかり」もインストールしたが、これも、購入レポートの動画すら作っていない。
 また、以前インストールして、少しだけ使ったまま放置されていた「巡音ルカ」も、PCを引っ越す形で再インストールした。

 常に動画を作りながら動くスタイルだと、どうしても音楽制作のスピードが落ちる。
 人生の残り時間がそれほど長くない僕には、残念ながら、もう買い物をするたびに動画を作って、視聴者の皆様にご報告している暇がない。

 動画クリエイターとしては、あまりよろしくない状況ではあるが、積極的に動画を上げないことで、総合的に創作活動は、はかどっている。

大雪 [2014年2月8日(土)]

 今日は日本全国で大雪。
 僕のところでも10センチぐらいは積もったかな、という感じ。
 普段から静かなところだが、雪でほとんどクルマが通らないので、さらに静か。

 今週は土日、ツイキャスを休むので、音楽ソフトのインストールや調整、勉強などをやっている。
 昨日作っていた石垣島の歌も仕上げることができた。
 毎日しっかり作品が作れる態勢にしたい。

 昨日はツイキャスのリスナーさんから素敵なプレゼントが届いた。
 二十歳と十八歳(たぶん)の姉妹の方から、チョコレートやグミといったお菓子や手紙、さらに、僕の体調が悪いことを心配して折ってくれたという百羽鶴もいっしょに!
 ネット上では毎日、世知辛い出来事しか起こらない中、こんな暖かく優しい気持で接してくれるリスナーさんもいるんだと、嬉しくて、ありがたくて、ジーンときてしまった。
 本当にありがとう!

冬の反動 [2014年2月7日(金)]

 今、僕の好きな石垣島の歌を作っている。
 僕は夏が大好き。暑い場所が大好きだ。

 だから「なんでこんな場所に生まれてしまったのか」と、日本の中でも比較的寒い岐阜に生まれたことを恨みたくなるときがある。
 沖縄に引っ越したい。できれば石垣島に住みたい。
 何度そう思ったことか。

 夏だったら、短パンはいてTシャツ着ればおしまいなのに、今はアンダー着てセーター着てみたいに、着替えにもやたら時間がかかる。こんなささいなことにつけても「ああ冬は嫌だ」と思う。

 僕にとって「いいことなど何もない」冬。
 大嫌いな冬。
 そしてまた、その冬が長いんだ。これでもかってぐらいにね。

 今、石垣島の歌を作りたくなったのは、ほぼ確実に、この寒い冬の「反動」だろうと思う。(笑)

 明日は東京で10年ぶりレベルの雪が降る可能性が高いとか。
 都心は雪に弱い。東京にお住まいの方は、滑って転んだりなさらぬよう、くれぐれもお気を付けください。

なぜかWin7マシンが重い [2014年2月6日(木)]

 僕がネット上の活動をやっているのは、おしゃべりや音楽で、自分を表現したいから。
 僕の表現活動で、少しでも人に明るさ、楽しさ、夢、ハッピーといった「よいもの」をシェアできたらいいなと考えて、毎日活動している。

 今、まず、やりたいのは、毎日のキャスの番組としての完成度を高めること。
 そのために昨日から、Windows7マシンを使ったキャス送出準備をしている。

 ところが、ところが。CPUのクロック数も高くメモリも16GB積んだにもかかわらず、このWin7マシンが、案外重い。
 今、キャスで使っている Windows XP マシンは、Win7マシンより低スペックなのに、ダメなはずのXPの方が動作が軽いって、なぜ?

「願い」(だけ)のCDも作りたいし、「Mother」に続く、2枚目のアルバム「Real Song」の制作も進めたい。
 そんな音楽制作でも大活躍してくれるはずのWin7だったのに。

 新旧パソコンの切り替えも、なかなか思うようにいかないし、頸椎症で肩が痛く、手が痺れる状況だが、できる範囲でがんばりたい。

ツイキャス復帰 [2014年2月5日(水)]

 今日は寒かった。実に寒かった。
 ニュースによれば、今年一番の冷え込みだったそう。
 ちょっと外に出ただけで体がおかしくなりそうだった。

 さて、今日からツイキャスに復帰。
 こんなに長く休んだあとだと、もうリスナーさんが集まらないのではと心配していたが、以前と変わらず皆さん応援してくださった。リスナーさんに感謝!

 今日はまだ1時間しかできなかったが、じょじょに時間を増やして行きたい。
 無理は禁物なので、今週は、あと2日やって土日は休もうと思っている。

 しかしやはりライブは無意識に緊張するようで、ずっと左手に痺れを感じながらしゃべっていた。
 どうやらライブのストレスで頸椎症の症状(痺れ)が出たようだ。
 こんなに楽しく感じることでもストレスがあるんだね。

 この体で、このあと自分がやりたいことが、どれほど実現できるのか不安になるが、できる範囲で頑張りたい。

ネットは悪魔の領域か [2014年2月4日(火)]

なんでこんなに荒れるんだ?

 毎日、ネットと密接にかかわって生きているが、
「ネットって、なんでこんなに荒れるんだろう」と思う。
 ツイキャスもYouTubeも、常に醜い争いごとばかりだ。

 毎日々々、ケンカ、誹謗中傷、誤解、決めつけ、思い込み、ののしり合い、ストレス発散、……そのくり返し。
 もううんざりである。
 もしかしたら、ネットは、平和に穏やかに日々を過ごしたい人にとって「かかわるべきではない悪魔の領域」なのかもしれない。

 だから僕はときどき、
「もうネットの活動なんてやめてしまおうか」と思うことがある。

 それでも表現せずにはいられないから、今日もこうして、せっせと文章を綴っているわけで。(笑)
 なんともため息が出るのでございます。はい。

ご報告のページを加筆

 ネット上には、僕みたいなどうでもいい表現者を、わざわざ採り上げて、叩いたり、けなしたり、僕に関するウソの情報を広めたりする人がいる。
 悪趣味だが、よほど楽しいんでしょうね。(笑)

 そういう噂については放置(スルー)するのがネット上の対応の基本だが、僕は、いちおう「自分に言い分があればハッキリ言う」ことにしている。
 そんな趣旨で作った「ご報告」のページを今日は少し加筆した。

ツイキャス復帰は延期 [2014年2月3日(月)]

まだしゃべれない!

 今日からはツイキャス復帰のつもりだった。
 2月3日の節分までには、風邪というオニを追い出すんだと。

 最近不眠気味なのだが、ゆうべは、ちょっと工夫をしたところ短時間だがぐっすり眠れ、起き抜けの体調もかなりよくなった感じ。
 そこで、試しに、ちょっとだけしっかりしゃべってみた。

 うーん。まだ僕の本来の声が出ない。
 …そして、すぐに咳き込んでしまった。
 ああ、ダメだ。残念ながら今日の復帰も無理そうだ。

 しゃべることが大好きな僕としては「うおー」って叫びたくなりそうなぐらいフラストレーションがたまっているが、しかたがない。(当然叫ぶこともできないし。)
 幸い体は動くし、やらなくちゃいけないことはたくさんあるので、できることに取り組みたい。

MPCで音楽制作開始

 昨日からAKAIのMPCを動かして、音楽を創り始めている。
 独自の制作スタイルなので、もう少し慣れが必要。
 ツイキャスを完全な「ラジオ番組」に仕上げるべく、がんばりたい。

風邪が抜けない [2014年2月2日(日)]

明日からの復帰は無理?

 今日になっても体はスッキリせず。風邪が抜けない。
 インフルエンザにかかったわけでもなく、比較的軽い風邪だと思っていたので、これほど長引くとは思っていなかった。
 首周りの不快感は、あいかわらずだし、不眠気味の状態も続いており、歳を取るとはこういうことなのか、という感じ。

 明日からのツイキャス復帰も、ちょっと無理そう。

ラジオヤジがツイキャスのサーバーを落とした?

 YouTubeやツイキャスをやっていると、ときどき身に覚えのないことを「ラジオヤジがやった」と言われて当惑することがある。
 たとえば、少し前にツイキャスのサーバーが落ちたとき、ツイッターに、
「サーバーダウンの原因はラジオヤジがソフトを立ち上げすぎたためだ」
 という書きこみがあった。

 少し知識のある方ならおわかりだと思うが、僕がソフトをたくさん立ち上げることは、僕のPCの負荷にはなるが、ツイキャスのサーバーの負荷とは、ほとんど関係がない。
 僕がツイキャスのサーバーを落としただなんて、まったくの言いがかりだ。
 ツイキャス全体のトラフィックが、限界を超えるレベルまで上がったのが原因だろう。

 俳優の田村正和さんは、最近勝手に「死亡説」を流されてしまったが、YouTubeやツイキャスでも、規模は小さいものの同じような現象が見られる。つまり常に「根も葉もない噂」が飛び交うのだ。

 僕(ラジオヤジ)についても、すべてを把握してはいないが、いろんな、いいかげんな噂がしょっちゅう耳に入ってくる。
 噂を流す方は面白半分にちがいないが、流される方はいい迷惑だ。
 1月31日に僕はMCNからの脱退を公表したが、この件に関しても、今後、いろいろな噂を立てられるのだろう。

 ラジオヤジに関して、なにかの「疑惑」があれば、ぜひメールでご確認いただきたい。どのようなご質問にもお答えする用意がある。
 また、噂の出所をしっかり吟味していただきたいと思う。
 誰がそれを言っているのか? その人(噂の発信者)は信頼できる人か? 本当に証拠はあるのかというあたりを、しっかり確かめて欲しい。

 そして疑わしい噂であれば、それを面白がって広めるようなことはやめていただきたいと思う。

2月だー!  [2014年2月1日(土)]

残り時間は11/12

 今日から2月。もう1年の12分の1が終わってしまった。
 今年の残り時間は、あと11/12だ。
 自分なりにがんばった1月だったが、頸椎(けいつい)の狭窄症が判明したり、風邪でツイキャスができなくなったりと月末にかけて気が滅入ることが多かった。

MCN

 昨日は、加盟していたMCNの、さらなる約束不履行(ギャランティの不払)が確定。
 迷ったけれど、現在の加盟者に注意をうながす意味でも、約束のお金が支払われなかったことは明言すべきだと考え、ツイッターで情報を公表した。

 この件については、まだ誰からの「質問」もない。
 まあ、聞くとしても「それは本当ですか?」ということになるだろうし、僕の答えは「本当ですよ」となるわけで。(笑)

 また、本来は当該企業(MCN = The Online Creators = C&R社)から、
「このような事情で支払が遅れているが、○月○日に支払う」といった説明連絡があって当然だが、それもない。

 まあ僕に言わせれば、今までの経緯から、そんな連絡などなくて当たり前。
 明らかに支払う意志がないし、だったら「支払えない」と言えばいいのに「1月31日に支払う」と期日まで指定しておいて支払わないのだから呆れてしまう。

 ついでに言えば、こういう対応をされているのは僕だけでなく、複数の加盟者が同じめにあっている。つまり、他にも約束のお金が支払われていないケースがある。

 僕はもう請求も抗議もしない。時間の無駄だからだ。

悪循環

 今日は昨日よりは体調がよくなったが、風邪はまだ、まったく治る気配がない。
 鼻やノドが不快なので、なかなか安眠できず、安眠できないから回復しないという悪循環に陥っている。
 2月3日(月)からの復帰は難しいかもしれない。
 ツイキャスのMP(モイ・ポイント)がゼロになりそうだ。

サイトの改定作業

 このサイト(ラジオヤジのサイト)は、2011年に立ち上げたのだが、しばらくさわっていなかったので情報が古い部分が多い。
 2月は、計画的に、このサイトの改定作業をやらなければと思っている。

東京都知事選

「朝まで生テレビ」で、東京都知事選の候補者のインタビューを見た。
 僕自身、脱原発派だが、残念ながら、宇都宮さんも、細川さんも活力や政治家としての能力に欠ける気がする。
 やはり年齢が問題なのだろうか。話を聞いていても、おじいちゃんの茶飲み話みたいでパワーが感じられない。

 結局、パワー(活力、元気さ)、政治家としての能力やバランス感覚で勝る桝添さんが、順当に勝つのではないかと思う。

 ちなみに僕は、どの政党も、どの候補者も支持していない。
 そもそも岐阜県民である僕には投票権がない。(笑)

体調最悪 [2014年1月31日(金)]

熱っぽい...

 今日もノドの状態は最悪。今日が一番悪いかもしれない。
 計ってはいないが熱もありそうな感じで、体が辛い。
 ここ数日、鼻やノドのトラブルで安眠できないので、体が衰弱してきている感じ。
 いきなり高熱が出たわけではなく、全身状態もさほど悪くないので、インフルではないと思うのだが辛い。

約束不履行

 先月(2013年12月)、ある会社と、ある約束をした。
 今日は、その約束が守られるハズの期日だった。
 しかし、約束は守られなかった。
 相手は上場企業だ。まったくもって信じられない。

今日からツイキャスを完全休止

 昨日までは、夜のツイキャスで、(しゃべれないので)10分間だけ音楽と文字のメッセージだけを流していた。
 今日から3日間は完全休止する。フラストレーションがたまる。

ツイッターとホームページでMCN脱退を表明

 ツイッターとホームページで、MCN脱退を表明した。
 詳細と理由はこちら。→ MCN脱退のご報告。

当分ライブできないかも... [2014年1月30日(木)]

 今日もノドが痛く、しゃべるのは無理。
 残念だけど、ここは休んで、しっかり声を取り戻すしかないと思う。
 今日は「ノドが回復するまでツイキャスのライブを休みます」と、ツイッターなどでリスナーの皆さんに連絡しようと思う。

 おそらく、復帰できるのは来週の月曜日(2月3日)あたりではないかと思う。
 節分までに風邪という「オニ」を追い出したい。
 根っからの「おしゃべり」である僕が、しゃべれないのは苦痛。

風邪でライブ休み [2014年1月29日(水)]

 今日は風邪で声が出なくなってしまった。
 一昨日、風邪気味だったにもかかわらず、通常のライブをやってしまい、それで声が出づらくなったにもかかわらず、昨日も歌なしではあったもののライブをやってしまったら、夜中にノドが痛くなり、起きたら声がでない状態に。

 2013年10月から休まず続けてきたライブだが、今日はお休みとなってしまった。
 ただ、曲を流す形で「お休みライブ」をやったので、まだ完全な休止にはなっていない。